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『株主報告書』 -樋口智一の一冊-

日本の経営は基本的に自由民主主義と共産主義のハイブリッドだと考えられます。特に上場企業においては、社内政治を勝ち抜いた存在がトップに立つか、実質的なオーナーがトップに立つかの2パターンが多く、前者は自由民主主義的であり後者は独裁的です。しかしそのどちらにおいても、給与は法人が手に入れた富の再分配を主眼においていることから、共産主義的な報酬体系となっていることは疑う余地がありません。最近、この流れを変える力学も働いていますが、日本の構造的な問題に突き当たるため変革には長い時間を伴うでしょう。

人事的な役割も同様です。法人において、個人が自分の新しい役割を創出することは新事業の創出そのものですが、既存の法人活動を本質的に革新される可能性を秘めていたとしても、すぐには許容されにくいものです。しかしそのアイデア、ビジョンが優れている場合、中には、その個人のために新しい法人を立ち上げるための支援(出資)を行うタイプの経営者もいるのですが、日本においてはそれほど多くはないように感じます。特に上場企業の政治的プロセスを勝ち抜いた経営者の場合、自分個人の意思決定で法人を動かすのが難しいため、そうした行動の難易度がさらに高くなることは想像に難くありません。

さて、そんな法人運営が背景にあるとしても、資本主義社会である日本において、株式を市場に公開すれば法人は資金を得ることができますし、同時に株主になるというチャンスがある程度オープンになっています。上場企業のWebには必ずIRコンテンツがあり、さらにコンプライアンスの観点からも充実しているものが多いため、読み込めば大変面白いものです。私は、過去に関わった企業の株を保有することを心がけています。すでに100社ほどになるかと思います。損得が目的の保有ではなく、一種の感謝の気持ちからでもありますし、企業動向を理解するのに大変役に立つことが主な理由です。そして、この行動によって手に入る「株主報告書」の存在が何より楽しみなのです。

株主になれば誰にでも送られてくるものなのですが、何年にも渡り読み込んでいくと、まるで一編の壮大な歴史書を読んでいるような気持ちになります。もちろん、報告書が小説仕立てで書かれているということはいっさいなく、売上、人事、今後の事業の流れなどがレポートされているだけの文章的には味気ないものです。が、私たち人間は、脳内において与えられた情報をベースにストーリーを組み立てることができます。何年もレポートを読んでいたり、企業動向を追いかけると、自分の中の情報の充実と同時にストーリーの精度が上がっていきます。未来予測や、裏できっとこんなことがあったであろうということが、立体的に想像できるようになるのです。ここまでいくと本当に面白い。

甲子園を何十年も見続けている人は、高校野球部の人事や性格といったことをイメージしながら、立体的にプレイを見たり情報収集をしたりするといいますが、それに似ているかもしれません。おかげで、当事者でない我々でも、株主となった企業の内側や未来や行動をイメージし、共通概念に近いものを持つことができます。そこに描かれる法人、個人の歴史と熱量と能力は、苛烈なまでに情報の宝庫であり、自分に与える影響や行動指針にたっぷりと影響を注いでくれます。それは、多くの経営者と話す共通言語を手に入れる行為とほとんど同義でもあります。これが、「株主報告書」に私が感じている価値そのものであり、お薦めする理由なのです。