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なぜ「端午の節句」は「こどもの日」として広がったのか

5月5日は、こどもの日でした。
みなさんは今年、どれくらい鯉のぼりを見かけましたか?近年、鯉のぼりを目にする機会が減ったように感じるのは気のせいでしょうか。少子化の影響なのか、それとも季節行事そのものが以前ほど重視されなくなったのか。あるいは、設置や管理の手間といった現実的な理由もあるのかもしれません。

どこか自分には関係のないことのように思いながらも、町中で鯉のぼりを見かけると、「もうすぐこどもの日か…」と、季節の移り変わりをちゃっかり味わっている自分がいることに気づかされます。

5月5日は「こどもの日」として広く知られていますが、節句としては「端午の節句」と呼ばれます。
「端午」とはもともと「月初めの午(うま)の日」を指す言葉で、やがて5月5日に定着しました。

この行事は、奈良時代に中国から伝わり、日本古来の「早乙女の神事」と結びついて広まったとされています。

早乙女の神事は、田植えの時期(初夏)に神田で豊作を祈願する伝統行事
茜たすきに菅笠姿の早乙女が田楽の音色に合わせて早苗を植える

もともとは、田植えに臨む女性たちが菖蒲を用いて身を清める、どちらかといえば女性に関わる行事でした。
菖蒲は古くから香りが強く、邪気を払う力があると信じられており、身を守るための植物として用いられていたといわれています。

しかし、武家社会に入ると様相が変わります。
菖蒲(しょうぶ)が「尚武」や「勝負」と音が通じることから、男児の成長や立身出世を願う行事へと変化していき、江戸時代には五節句の一つとして定着しました。

 

江戸時代の端午の節句の様子(幟を掲げる風景)
出典:鳥文斎栄之《風流五節句・端午》/文化遺産オンライン
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/385907

時代背景によって意味合いが大きく変化している点は、とても興味深いところです。
言葉遊びのようにも感じられるこの由来に、「男児の成長を願う」という目的が先にあり、あとから理由付けされたのかもしれない、とも想像ができます。

ちなみに、菖蒲の花言葉には「優しい心」「優雅」「心意気」などがあります。
そうした意味を思うと、女児の成長も願ってくれていいのに…と感じてしまいますし、「尚武」に対して「尚美」なんて言葉を重ねてみるのも、少し楽しいかもしれません。

その後、時代は変わり、価値観も少しずつ広がっていきます。
もともと子どもの成長を祝う日ではあったものの、その対象はあくまで「男児」でした。
しかし戦後、日本の社会では男女平等や人権を重んじる考え方が広まり始め、子ども一人ひとりの人格を大切にするという価値観が育まれていきます。
そうして昭和23年(1948年)に施行された「国民の祝日に関する法律」により、端午の節句を基盤として、
5月5日は「子どもの人格を重んじ、幸福をはかるとともに、母に感謝する日」として定められ、男女を問わず子どもの成長を祝う『こどもの日』となりました。
それまでの流れを考えると、ずいぶんと間口が広がったようにも感じられます。
武家社会ではない現代、男女問わず、健やかな成長を願う行事として受け継がれていってほしいものです。

 

鯉のぼり

また、端午の節句に欠かせない存在が「鯉のぼり」です。武家では男の子が生まれると家紋入りの幟(のぼり)を掲げて祝う風習がありましたが、江戸時代になると庶民の間でも「何かを掲げて祝いたい」という気運が高まります。

そこで採用されたのが、「鯉の滝登り」に由来する鯉です。急流をのぼり、やがて龍になるという中国の故事になぞらえ、立身出世の象徴として鯉が選ばれ、現在の鯉のぼりへとつながりました。

現代の鯉のぼりは、どこか愛らしく、親しみやすいデザインのものが多く見られます。かつての家紋入りの幟と比べると、ずいぶんと柔らかい印象になったとも言えるでしょう。それでも、空を泳ぐ鯉の姿に込められた「大きく育ってほしい」という願いは、今も昔も変わらず受け継がれているように感じられます。

 

季節行事の“外注化”?

はじめに、鯉のぼりを見る機会が少なくなったように感じる、と書きましたが、大型ショッピングモールなどでは、今でも見かけることがあります。そう考えると、単純に「減った」というより、見かける場所が変わっただけなのかもしれません。どちらかというと少なくなったように感じるのは、各家庭の庭先やベランダといった、“個人の風景”のほうでしょうか。

1960〜70年代(高度経済成長期頃)より拡大してきた核家族化。
家族のかたちが変わる中で、暮らしの中の季節行事との向き合い方も、少しずつ変化してきました。

かつては、祖父母や親世代とともに、家族単位で自然と受け継がれていた行事。それが核家族化によって、担い手や機会が分散し、「どこかに行けば見られるもの」へと移っていったのかもしれません。

そう考えると、季節行事そのものが、少しずつ“外注化”されているようにも感じます。忙しい日々の中で、季節行事にまで労力を割く余裕がある人ばかりではないですし、むしろ合理的ですらあります。

ただ、その一方で、こうして季節を“見に行くもの”として消費しているうちに、気づけば自分の生活からは、ほとんど何も発生していないのではないか、と思う事があります。各家庭で担われていた行事は、準備や設営、維持といった負担を伴うもの。その過程こそ、行事に付随する個人的な関与であり、その比重が小さくなることで自分ごと感が薄れていくように感じます。

核家族化とともに進んだ季節行事の外注化は、利便性と引き換えに、関わり方の主体性を少しずつ手放していくプロセスでもあるのかもしれません。
そう捉えたとき、この変化は単なるライフスタイルの変化にとどまらず、文化との距離の取り方そのものを問い直すものともいえるのではないでしょうか。

だからこそ、今あえて、どの程度までを外に委ね、どこからを自分の手元に引き戻すのか。
そのバランスを考える余地は、まだ残されているように思えます。

 

最後に

ちなみに、上述したように、こどもの日は「母に感謝する日」ともされています。ただ、この側面がどれだけ意識されているかというと、正直あまりピンときていない人も多いのではないでしょうか。そう思うと、祝日の意味と、実際の過ごし方のあいだには、少しズレがあるようにも感じます。

何歳になっても、親にとって子どもは子どものままです。5月5日をきっかけに、親に感謝を伝えてみるのもいいのかもしれません。

そして、5月10日は母の日。こどもの日から少し経ったこの時期だからこそ、「ありがとう」をあらためて言葉にするには、ちょうどいいタイミングなのかもしれません。

忙しい毎日の中では、感謝の気持ちをきちんと伝える機会は、思っている以上に少ないものです。
だからこそ、こうした節句や記念日が、その気持ちを思い出す“きっかけ”として残り続けているのではないでしょうか。

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