3月の桃の節句、5月の端午の節句。
華やかな行事に挟まれた4月は、出会いや別れといった人生の節目が訪れ、人々の暮らしが大きく動く季節。
毎年桜の標本木には多くの人が集まり、開花宣言を今か今かと見守る様子が報道されます。
——もはや“日本で一番平和な速報”かもしれません。
日本人がこんなにも大好きな桜。
コロナ禍ではお花見の規制が行われ、近年ではインバウンドの影響もあり、お花見のマナーが話題になることも少なくありません。
そういう私も、コロナ禍当時は飲酒禁止やレジャーシートの利用制限があり、なんとかゆっくり見られる場所を探して足を運んだこともありました。
それだけこの季節になると話題に上がるということは、『桜』という存在が、日本人にとって春の象徴であり、季節行事のひとつとなっていることを、あらためて感じさせられます。
タイトルに「桜」を冠した楽曲だけでも数百曲以上。さらに、歌詞の中に桜が登場するものまで含めれば、その数は数千曲規模にのぼるといわれています。
それほどまでに桜は、日本人の心の動きと深く結びついてきた存在です。
では、そんな「桜」や「お花見」という文化は、いつから人々に親しまれるようになったのでしょうか。
お花見の始まり|日本の花見文化はいつから?
お花見の起源は、平安時代にさかのぼります。
当時は、現在のような宴会スタイルではなく、貴族が桜を眺めながら和歌を詠んだり、蹴鞠(けまり)を楽しんだりする雅な行事でした。
桜の下で行われるこれらの催しは「花宴(かえん)」とも呼ばれ、宮廷文化の一部として発展していきます。
一方、同じ桜でも、農民にとっての意味合いは異なっていました。
桜は山の神が里に降りてくる目印とされ、花の咲き具合によってその年の作柄を占うなど、豊作を願う信仰の対象でもあったのです。
庶民がお花見を「行楽」として楽しむようになったのは、江戸時代の寛文年間(1661~1673年)からといわれています。
当初は、寺社の境内に咲く桜を静かに観賞するのが主流でした。
転機となったのが、享保年間(1716~1736年)です。
八代将軍・徳川吉宗は、飛鳥山や隅田川堤、小金井堤などに数多くの桜を植えさせました。
この施策については、江戸幕府の公式記録である『徳川実紀』にもその記録が見られ、庶民が桜を楽しめる場を整備したことがうかがえます。
宮廷文化や信仰の対象であった花見は、こうして誰もが楽しめる一般的な文化へと広がっていきました。
お酒好きな方(そして私)にとっては、飲み会の立派な理由にもなる花見文化。
思わず、徳川吉宗に感謝したくなります。
そんな吉宗がこのような施策を実施した背景には、庶民の娯楽を広げる意図や、人の流れを生み出し経済を活性化させる狙いがあったとも考えられています。
実際に現代でも、花見をきっかけに親戚や友人が集まったり、スーパーや飲食店では「お花見フェア」という言葉が当たり前のように並びます。
花見は単なる観賞にとどまらず、人と人、そして食をつなぐ場として根づいているのかもしれません。
こうして人々は桜を見に出かけ、
桜の下でお弁当を広げ、酒や食事を楽しむ——
現代につながる「お花見」の原型が定着していったのです。
こうした時代の積み重ねの中で、日本独自の花見文化は育まれてきました。
『〔江戸名所〕』. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1301975 (参照 2025-12-19)
徳川吉宗の桜植樹によって花見の名所となった飛鳥山を描いた錦絵。
桜の下で弁当を広げる庶民の姿から、花見が特別な行事から日常の楽しみへと広がっていった様子がうかがえます。
「花見」=桜?
ところで、「お花見」といえば、当たり前のように桜を思い浮かびます。
梅や桃など、ほかにも春の花は数多くあるにもかかわらず、「花見」という言葉がほぼ桜を指すものとして定着しているのは、少し不思議に感じました。
花見といえばなぜ桜なのか?
その背景には、日本における花見文化の移り変わりがあります。
奈良時代には、花見の対象は主に梅でした。中国から伝わった文化の影響もあり、貴族たちは梅の花を愛で、詩歌を詠むことを楽しんでいたといわれています。
こうした様子は、「万葉集」に梅を詠んだ歌が数多く残されていることからも、当時の人々にとって梅が身近な存在であったことがうかがえます。
しかし平安時代になると、次第に桜へと関心が移っていきます。
日本の風土に根ざした美意識の中で、満開を迎えたあと、わずかな期間で散っていく桜の姿が、人生のはかなさや移ろいと重ねられるようになりました。
その後、江戸時代に入り、庶民の間にも花見が広がると、桜は「春を象徴する花」として決定的な存在となりました。
こうした歴史の積み重ねの中で、「花見=桜を見ること」という認識が、自然と定着していったのです。
花見に何を食べる?
桜の下で楽しむお花見に、欠かせないのがやはり“花には団子(=食)”。実は江戸時代には、すでに花見の席で弁当を広げる文化がありました。
お弁当を広げて、みんなで囲む時間もまた、お花見の醍醐味のひとつです。
まさに、「花より団子」ですね。
花見の定番といえば、おにぎりや唐揚げ、だし巻き卵といった手軽に食べられるもの。
外で食べるだけで、いつもの味もどこか特別に感じられます。
最近では、物価高の影響もあり、お花見の楽しみ方にも少し変化が見られるようです。
水筒を持参したり、できあいのものを購入するのではなく、お弁当を手作りする人が増えているといった特集も目にするようになりました。
手間をかけて用意したお弁当を持ち寄る——
そんな過ごし方もまた、花見の時間をより豊かにしてくれるのかもしれません。
気取らず、無理をせず、それぞれのスタイルで楽しめるのもお花見の魅力。
桜の下で囲む食卓は、今も昔も、人と人とをつなぐ大切な場であり続けています。
これからのお花見文化と、食のかたち
こうして受け継がれてきたお花見文化。
桜の下に人が集まり、食を囲み、自然と笑顔が生まれる——その風景は、今も昔も変わりません。
その形は少しずつ変わりながらも、本質的な楽しみ方は受け継がれてきました。
そして個人的には、一年の中でも“堂々と昼から飲んでいい日”として、お花見の存在は非常にありがたいものです。
お酒をみんなで飲むための花見なのか、花見のための飲み会なのか。
改めてどちらかと問われると、なかなか難しいものです。
そうそう、
実は、毎年のようにさくらんぼ狩りに出かけていながら、つい最近までさくらんぼが桜の仲間だということに気が付きませんでした。
この“サクラ”つながりの植物、バラ科サクラ属に分類される、いわば“親族関係”。ただし、私たちが春に楽しむ桜、たとえばソメイヨシノのような観賞用の品種は、実がほとんどなりません。花を愛でるために改良されてきた存在です。
一方で、さくらんぼがなる木は、セイヨウミザクラなどの品種。こちらも同じように花を咲かせますが、主役はあくまでも果実です。
同じ「桜」でも、片や“見るための桜”、片や“食べるための桜”。
そして私たちはというと——
花を見ながら団子を食べ、さらにその“親戚”であるさくらんぼまで食べる。桜からしたら、なかなか複雑な気持ちかもしれません。人間は貪欲だと思われているかも…
⇩ソメイヨシノ

⇩セイヨウミザクラ
