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樋口智一の一冊

『目利き』 -樋口智一の一冊-

シリコンバレー、そんな言葉は元々ありませんでした。

「1971年1月、週刊の半導体産業業界誌編集者のドン・C・ヘフラーが、サンノゼ周辺でハイテク産業の代表選手であるシリコンから作られる半導体チップを主力に生産するため、良質のカリフォルニア・ワインの生産地であるサンフランシスコ北郊のナパ・バレーになぞらえて、この地を『シリコンバレー』と命名し、目覚ましい技術革新と新しい経営スタイル、起業家精神が勃興しているとした特集記事を書いたのが最初である」とこの著書にはあります。「1970年に初めてDRAM(記憶保持動作が必要な随時読み出し書き込みメモリー)が開発され、後にコンピュータの歴史を大きく変えるマイクロプセッサーも公開時期を待つなど、のどかな風景の中にその後の激烈な技術変革への予兆が潜んでいた」から始まるこの著書は、ハイテク・IT産業の嘘みたいな本当の歴史が詰まりすぎています。

私がこの著書と出会ったのは2000年の25歳になったばかりの年でした。ITバブルが崩壊する寸前、「社名にドットコム」という名前を付けただけで、たいした事業計画もないのに日本の大手企業が1億円を出資するような、いわゆるITバブル真っ盛りの時でした。若い起業家が台頭し、IT長者が続出した、今では懐かしい時代です。その時シリコンバレーに一人の日本人がいました。その日本人は「飛ぶ鳥を落とす勢いのシリコンバレーの若きCEO(最高経営責任者)たちとの出会い」の中で、「サンの創業者の一人で、“ソフトの神様”“サンの頭脳”と言われるビル・ジョイが当時語っていたのが『ネットワークこそがコンピュータである』(The Network Is The Computer)という考え方」で「いろいろなOS(基本ソフト)やCPU(中央演算処理装置)をもつ現状のコンピュータに対し」今では当たり前の「ネットワークを通じて様々な種類のコンピュータを結び、1台のコンピュータでは実現できない機能をネットワークによって繋がれたコンピュータが可能にしていく」という若者たちの描く未来に次々と投資していく。そんなすごい日本人がいた。

そして数々の世界的巨大企業の黎明期の「今をときめくサン(サン・マイクロシステムズ)の工場だって雨漏りがしてたし、シスコ(シスコシステムズ)の本社だってガレージみたいなものだったんですから」やHP(ヒューレット・パッカード)やスティーブ。ジョブズのアップルの創業のくだりなど、それなら自分でも世界企業を作れそうだ!と勇気をもらったのを今でも覚えています。そしてインテルが創業するくだりでは、人間性って大事なんだと学ぶことができる嘘みたいな逸話が書かれていたりもします。

余談ですが、この方が社長だったCTC(伊藤忠テクノサイエンス)は後に上場します。当時は「商社冬の時代」に突入するタイミングで、ニチメンと日商岩井が合併して双日となり、三井物産と住友商事が建材事業を統合したり、三菱商事と双日が鉄鋼事業を統合してメタルワンを作ったりと、商社はその後大再編に突入しました。そんな中、CTCの売却益がI藤忠商事を救うことになったという話を聞いたことがあります。余談の余談ですが、この佐武廣夫氏を経営者が慕ってなのかどうかはわからないが、外苑前にあるI藤忠商事の本社の隣に日本オラクルの本社があったりもします。

閑話休題。世界的なIT長者の誰にも始まりがあったことは、25歳だった私に大きな勇気をくれました。未来への抱負をもつことの大切さと熱量についても学びました。そして「食」以外に情熱を持っていない私は「食品業界で生きよう!」と決めたことを今でも覚えています。IT業界の歴史を包括的に学べ、私の人生を「食品業界」に決めたキッカケになった一冊を今回はオススメします。

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